【会場アンケート掲載1】あなたは、石原都知事の発言の、どの箇所がどのように問題だと思われましたか? #ishihara_kougi

2010年12月3日と7日の石原都知事の同性愛者差別発言をきっかけに発足した「石原都知事の同性愛者差別発言に抗議する有志の会」のブログです。現在は「レインボー・アクション」に改名して活動を続けています。
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 1月14日(金)に、なかのZERO小ホールで開催して357名が参加したイベント「石原都知事の同性愛者差別発言、なにが問題か?」。会場で行ったアンケートへの回答を一問ずつ紹介します。

Q1.あなたは、石原都知事の発言の、どの箇所がどのように問題だと思われましたか?
(ネット公開「可」と明記してくださった意見のみを紹介します。)

●私は「恋愛感情がない」ことを公にしていて(一部)、それによって受ける反応はまさに「何か足りない」「気の毒」というのに似たものが多くあります。そういう考え方もあるだろうし、それを言う権利は否定しませんが、それは人権を侵害しない限りにおいてのみだと思います。都知事という立場で、今の社会であの発言をすることは、存在否定として人を傷つけると同時に、社会から排除し、リアルに経済的な打撃を与える、生きることを妨げるものであって、許せません。

●遺伝子の問題で何かが足りないというのは、同じ尊厳を持った人間と認めていない。欠陥があると言いたいのでしょう。それは間違っている。足りないものは、彼らの中にあるのではなく、社会の対応のほうにあるのに。そこに責任を負うべき行政の長の言葉として非常に不適切。

●公人として、人権擁護週間に、また、2008年自由権規約委員会の勧告を受け、具体的改善を求められている中、差別を助長し、多様な人達(当事者?その関係がある多くの人)の人権を否定した発言は、問題だと思われます。

●「足りない」という完全に上から見下した差別心を公の場で堂々と言ったこと。

●都知事という立場の人間の無知な発言は罪だと思います。

●「足りない」よりも「気の毒だ」という発言に対して、もっと説明してもらいたいと思った。その言葉では何を伝えたいのか、今なら一個人としての意見か、“サイレントマジョリティ”の意見か(確たる裏付け方があるのか等)をはっきりさせないと誤解も与えかねない。

●「同性愛者は足りない、遺伝のせい」等、同性愛者への蔑視に満ちた発言は非常に問題で、許せません。人権侵害もはなはだしいです。

●「イデン」

●言うまでもありません。皆さんと同じです。都知事は、美輪明宏や三島由紀夫とも交流があったはず・・・。

●全くの無知に基く発言であること。

●公職の立場で公言していることは問題。個人の好き嫌いは自由だが、公で影響力のある人が発言することは問題。

●ウチの田舎のおっちゃんなら言いそうな内容だと思う。人の思想は自由なので、それが無知からくるものでも、信念からくるものでも単純に批判はできない。が、TOKYO都知事という立場でこの発言をするのは、明らかに「差別をしている」という意志表示と言えるし、時代遅れな態度で、世界に対して恥ずかしい。このような発言は誰に向けられたものであれ、失礼だと思う。

●都知事としての資質自体に問題あり。

●「どこか足りない」「マイノリティで気の毒だ」の部分が問題だと思いました。マイノリティであるだけで、どうして気の毒なのか。ただマジョリティの人とは性的指向が違うというだけで、なぜそのような差別のある発言をされたのか。また、仮にも都のトップとして許されるべき発言ではない。問題だと思いました。

●無知、不理解が生んだ差別発言と思う。LGBTに限らず、少数派に対しての差別は、社会的弱者にも差別の目が向けられると思う。都知事、政治家としてこれは不適切である。

●政治家だから、テレビだから→見てないですが。テレビでしたよね・・・?

●石原さん個人が差別をするのは思想の自由があるので問題ないと思います。“都知事”が言ったことが問題です。

●オヤジ丸出しの男ジェンダー。アホなマッチョであるところ。

●「足りない」と表現する事で、どれだけの人が傷つくかということに全く想像力がないこと。

●文学者でありながら貧相な発言。自分の生み出した作品さえも否定する非情な人が、都の代表であることを恥ずかしいと思う。同性愛者を足りないと言った本人の“知識”が足りないと感じました。

●公人として発言したこと。

●都知事という立場で、公な場で発言した事。本来であれば、マイノリティである事を問題視する立場であると思います。

●公人でありながらメディアで発言したこと。

●①“遺伝的な問題”にしてしまったこと。②公人の発言であり都の人権方針と異なること。

●正直な気持ちとして、なにも特に感じませんでした。都知事としても一人の人の意見としてしかとらなかったし、大きな声で否定できるからです。でもそれよりも「期待してないから」ということが大きいかもしれません。

●公人という立場であれを言ったこと。

●「何か足りない」という言葉の内容が、いまいちはっきりしない。もっと詳しく説明すべきだと思う。

●日本の顔である東京の都知事という立場でありながら、そういう発言ができるということ。周りがゆるしてちゃいけません!!世界的にもはずかしーでしょー!

●公私混同なところ。個人でなく公の自覚がない。

●問題だと思った方を前提にしたこの設問に私は答える余地がありません。

●遺伝子とかの問題といわれると、個人だけが問題では無くなる。彼の発言はコミュニティ全体に対して言っているので腹がたった。

●多様性を認めないだけでなく「足りない」と下に見ていること。理解できないならできないで、違う立場の人をどうして尊重できないのか。また、大都市の首長として、地方に与えた影響も大きい。セクマイが可視化すらされていない地方にとって、可視化が始まった大都市での差別発言は暴力以上。都民だけでなく全国のセクマイに謝れ!

●それを見つけにこちらにきました。

●「どこか足りない」という部分。私たちのだれも(全ての命が)無駄な命はない。全てが必要で、尊ばれる存在であることを、都知事という立場の人間が・・・。

●思いやりというものをご存じない!

●彼の年代の男性がもっている一般的な価値観であると思うという意見があったが、以前の由経女性差別発言と同じように、都政のトップという立場にいる者にこのような発言を平気でさせてしまうことが問題だと思う。公人に差別発言を公的な場でさせない空気をつくりあげることが必要だと思う。

●都知事として思春期の子に対する発言としてダメ。自殺率を上げるという事。

●遺伝子の問題にしている事。足りないのは、政府のLGBTに対する保証。

●性的少数者をかわいそうとかいうのは勝手だけど、それを公の場で、人権週間の時に言ってしまった。公私混同していると思う。都知事の声=都民の声となってしまう。(悪い意味で。)

●今日、沢部さんがおっしゃった“普通のおやじのホンネだなと思った”という感覚は分かります。でも、公の立場にある人物の彼が、公の場で言うことは許されないと思います。飲み屋で親しい友人に自分の意見を言うのとはワケがちがいます。“足りない”という表現には開いた口がふさがりませんでした。

●もはや改めて口に出すまでもないんですけど、まず、男と女、から考えていて「ヒトとヒト」の考えがまるでない。平等という概念がないのでは・・・?。私は、親友がずっと大好きでした。結局「言わない」という選択肢を取りましたが、自分の人生の中で、大切な大切な場所(キモチ)です。それを踏みにじられた気持ちで、哀しくて哀しくて・・・。(バイセクシュアルの方の意見)

●足りないのは何なんでしょう?。何も足りなくはない。

●発言は「足りない」という根本がはっきりしていなく、クローゼットであるところ。地方出身者の私としては、息苦しさがもとで出てきたのだが、その場所で否定的なことを言われると、居心地さえも奪われてしまうのかなあ、とますます息苦しくなってしまった。東京にはいろんな人がいるのに、人生や価値観さえ否定する発言はもっと追及し、糾弾すべき。私を含め少しでもダメージを受けた人はたくさんいる「と思う」ではなく「断定」します。

●都知事という、多くの人たちに影響を与えられる立場で、多くの人たちを傷付ける発言をしたこと。

●「何か足りない」と言える(思える)のは、「足りてる」の決まったあり方を押しつけてるから。異性愛カップル、そこを基盤にした「家族」を「足りてる(当然)」のものとしての発言であるのは、はっきりしています。が、その前にまず、「ペア」(性、「恋愛」、生活、などなどをぜんぶ担うような「カップル」「家族」)を誰でも築くもの、築きたいもの、人生において最重要なもの、というお仕着せが前提となっての発言であることも、注目して、問題視したいです。

●発言の全てが、“都知事”の立場として発する種類のものではない点。

●公の立場の人が、個人の好みによる発言をしている。そしてそれを聞いた者みんなが、大して問題だと思っていない点が一番問題。

●「足りない」とは何なのか?。では「足りている」とはどういう人たちなのか?。男女のカップルなら足りていて、同性のカップルには足りないものが法制度以外にあるのか分からなかった。普通のおっさんではなく都知事という政治家が発言する事ではない。

●人権週間中に都知事という役職に就いている人がする発言ではないというところが問題。石原さん個人が、どう考えていても構わないが「都知事」という点がよろしくない。

●あまりにも無知。

●当然ながらご自分の立場、影響力をわきまえてなさすぎる。世界に対する視点がない。日本人としてはずかしい。個人としての石原氏としても、性的少数者のいない世界しか見たくない、という世界観は文学者として、薄っぺらすぎ。

●「遺伝のせいでしょう」→遺伝のせいで、こうなったのか!?。「マイノリティで気の毒ですよ」→少数派だからかわいそう?。日本人は、世界中の中で、少数派に入る。それをかわいそうと言っていることと同じ。

●石原慎太郎の暴言は今に始まったことではなく、最大の問題は彼の「罵倒芸」を心地良く感じ、拍手する民衆が多数存在し、なおかつそうした人々の投票行動が積極的であるということに尽きる。慎太郎を本気で泣かせたいなら、選挙で意思表示するしかない。それ以外の抗議も申し入れも、独善者には「ノイズ」でしかないのだから。

●都民として情けない。責任を感じる。

●性的マイノリティに対して、都知事という公的な立場からの差別発言。

●性的マイノリティに対しての「どこか足りない・気の毒」といった差別発言を都知事という立場で公の場で発せられたということ。そのことに対して、多数のマスコミがスルーしてしまうこと。

●人権意識が足りない。意識的に差別発言をしている。知事の立場を悪用している。人を死に追いやる発言。二度目も一切反省していない。

●同性カップルの実状を見ていない。

●①日本の首都のボスという立場を忘れてること。②かんたんに言って、どれだけの人がキズつくか考えてないこと。

●石原さんも、かなり変わった人なので、変なことを言っている事に関しては別にふんがいしませんでした。ただ、政治家として、思ったことをボロリと言ってしまうのには、大問題だと思います。変人の政治家は、発言にもっと気をつかうべきですよね。

●発言自体ではなく、自分自身が「あぁ、またか」と聞き流してしまった。免疫ができてしまっていることが問題だと思いました。

●「足りないかに」→何がどう足りないのか?と思って、悲しくなりました。

●多くの普通の可プルが満ち足りているとは思えない。足りないコトなどなにもない。日本の首都長が恥かしい。世界の共通の概念を知らないことが問題。

●公人として差別発言をしたこと。それによって傷付く人がいる、ということを分かっていないことが残念すぎる。この発言により傷つき、悩み、死にたくなる人がいるかもしれない。それほど、都知事の発言は重いと知ってほしい。

●自分の古い固定概念に満ちた価値観を曲げられない偏屈な人間が、日本の首都の最高権限者であるということ。今までいぶかしく思ったすべての彼の言動(例:築地移転、オリンピック視察の税金ムダ遣い)が今件で明らかに示された。

●自身のホモフォビアに対しての無理解、無批判さ。また、それを容認する社会のホモフォビアの根強さ。

●都知事が・・・同性愛者やバイセクシュアルやトランスジェンダーが、人口の一割以上フツーにそこらにいるのを、多分知らない・・・ゆえの発言と思われる点。AB型やB型くらい多いのに(笑)。都知事の意見は、ありがちでもあるので、21世紀になっても、日本はまだまだ、こんなに多くいるゲイやビアンやバイやトランスジェンダーがメジャーでない扱いの現状が問題!要は、ひっそりとしてたのが多分問題(笑)。

●沢部さんの意見に賛成です。なんと精確な表現でしょう。

●都知事という立場の人が、公の場で差別的発言(マイノリティで哀れ、遺伝子がおかしい、足りない感じ)をしていること。

●思いやりがない点。

●「DNAがおかしい」「足りない」「かわいそうに」と言ったこと。障害者差別と根っこが同じ!他人と同じでないとヒトとしてみとめられず、生きてる価値がないと言ってるのが許せない。

●「どこか足りない」自分の好みだけがまっとうだと思っていること。それで傷つく人がいるという想像力がないこと。行政の長としてふさわしくない。公人なのに偏見を露わにしてもいいと思っていること。私は性的マイノリティではないけどハラが立ちました。都民としてこんな知事では「足りない」のです。

●公の立場にある人間が、一番してはいけない人種差別発言をしたということ。知事という立場以前に、人間としての品格が問われる発言内容だったこと。

●公人がメディアの前で人権侵害発言をしたという事実。そのもの。

●「足りない」という発言そのもの。「足りない」という言葉の前には必ず「基準(スタンダード)」が存在する。そのスタンダードの存在そのものについて考えたことすらないというか、自分の属する集団をスタンダードに位置づけて、そのラインに不足(マイナス)しているとして他の集団をさげすんでいる点。他人の権利を侵害しない限り、その存在は否定されるべきではないはずなのに。全ての価値観はパラレル。多様性の否定は究極のナルシズムだと思う。

●政治家でありながら「第一印象」的な発言であること。差別や偏見は何より無知から生まれるが、そのことを示したと思う。

●ゲイに関する知識のなさが露呈している点。

●私個人の見解ですが、発言自体が「おそらく何も抗議などこないだろう・・・」という前提の下で行われている気がします。つまり、マイノリティ側の主張の少なさと言えるでしょうか。

●自分の個人的な好き嫌いと政治の区別が付いていない。

●「遺伝的要因」や「マイノリティ」が「気の毒」なものにならないようにするのが政治の仕事なのに、むしろより「気の毒」な状況に陥れようとしている。

●「普通」(だと知事が思う)人以外、市民として認めない発言。

●“遺伝”で“かわいそう(気の毒)”。してもいない理解を示している。

●LGBTに関する間違った知識で発言している。「足りない」って特定の人々に言ったとなると、その人々を見下している。「遺伝のせい」という発言は根拠のない発言だと思う。今回の発言は根拠のない発言ばかり。そこが問題だと思う。

●記者会見で公然と当たり前のように言った点。

●まず、発言全体が大きな問題。公人が、メディアの前で2回も言うべきことではない。もし一般大衆の意見だとしても。そして、最も問題だと思うのは、「マイノリティ=気の毒」と表現していること。この2つは必ずしもイコールでつながらないし、つながってはいけない。つながってしまうのは、マジョリティの無理解や偏見があることを全く考えていない発言だと思う。

●発言力のある人が、公的な場で個人的な意見を言ったこと。言っただけで、終わりにしたこと。

●今回だけでなく、女性や外国人に対しての発言も、公人としての立場では問題がある「見解」と感じる。(彼、クローゼットなのでは!)

●東京のようなintenational都市と都知事とすればびっくりすることだった。

●自分自身(石原さん)の今までの在り方を考えると、よくこんなことが言えたと呆れる。エロ規制の中でのパフォーマンスとして捉えられる面もあるようだが、さっさとやめてほしい。

●無神経を。

●こんな人が都知事なんだ、悲しいなあ。また都知事出馬するかもしれない。こまったなぁ。

●公人という立場で発言したこと。それが多くの人の耳に入り、差別は問題ないというメッセージを発しうるため。対して、世界中で似たような発言がある中で、日本の同性愛団体は何ができたのか、したのか、しなかったのか。今回の発言に対するアクションを見て感じました。

●自分の立場、影響、他者への想像力のなさ。無自覚さ。

●心でどう思っていようと、あきらかな差別的な発言がよろしくない。政治家というより、無知で不快な年寄りの印象が強かった。

●公人としての責任があるにも関らず、個人的な感情のみで話をしたこと。

●社会的にある程度力を持った人間が、自身のものさしで社会を計ったこと。

●『どこかやっぱり足りない』→「やっぱり」と強調していることで、人々の差別意識を掘り起こしている犯罪性がある。『遺伝とかのせい』→科学的でないデマゴギーをもって扇動効果がある。

●知識と理解と配慮を欠いた、多数の個人を攻撃する発言だと思います。また、この問題発言が大きく取り扱われないことも問題と言えます。

●日本の首都の知事として、多くのメディアに同性愛者蔑視と取れる発言をしたこと。

●公人として、差別発言をしていること(足りない、気の毒など)

●影響力のある人が、公共の場で、人をおとしめるような発言をすること。

●都知事という立場で差別発言をした点。偏見でものを言った点。正しい知識、理解の足りない点。

●パネルセッションで指摘されなかったが、一番の問題は、都知事の「無知」。そしてこの「無知」は許されないことをはっきりさせるべきだ。府中青年の家事件の裁判高裁で次のように判決されている。(上告なく、高裁にて確定。1997年)「都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた肌理の細やかな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されているというべきであって、無関心であたり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである」(注:判例に法律と同等の力がある。)

●「足りない」という発言、「遺伝のせい」という偏った解釈など、立場を考えない発言が当然、問題だと思います。

●石原氏本人はゲイに対して理解をしているつもりで発言しているのだが、ケガレとして見ているところが問題。そして、自らの不勉強の認識が足りないのが問題。

●会ったこともない、見たこともない人に足りないとか言うべきではない。足りないのは石原都知事の思いやりと想像力だ。

●最初の印象は「ただとにかく生理的に不快」だった。何がどうおかしいのか、冷静に考えれば考える程、むしろ、「生理的に不快」という感覚が強くなった。この発言に対して、Twitterに「ホントに足りないのは、こいつ(石原)の脳ミソと常識」とつぶやいたけれど、今でもその印象は変わらず、この発言に対して肯定的な反応ばかりが返って来るとは限らないという所まで考えが及ばない愚かしい発言だと思う。

●こういったような差別的な発言をして、どれくらいの人がどれくらい傷つくのか全く想像ができていない点。

●そのように考えること自体が、不思議でもなんでもないし、理解もできる。しかし、公人としてメディアの前で他者への配慮に欠ける発言をすること、それを是とする事には反対である。

●自分の家族観を押しつけて、他の人の善し悪しを計ろうとする鈍感なセンス。

●平等に市民を遇するべき人が差別を行っていること。

●「どこか足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう」という箇所 
→私はレズビアンです。現在、同性のパートナーと同居しています。自分が同性のパートナーを大切に思う気持ちは、異性愛者が異性のパートナーを大切に思う気持ちと変わらないと思いますし、異性愛者カップル、同性愛者カップルの愛の在り方のどちらかに優劣があるとは思えません。また、同性愛者であることを遺伝のせいなどと根拠のないことを述べたことが問題だと思います。何より、こうした意見を都知事という立場で発言するのが問題だと思います。

●「マイノリティで気の毒ですよ」という箇所
→先述の通り、同性を愛するということは愛の在り方の一つであると思います。パートナーや友人や家族も同性愛者である私を大切にしてくれています。気の毒ですなどと言うのは私に対してはもちろん、私を支えてくれるパートナーや友人、家族に対しても失礼だと感じます。

●「遺伝とかのせいでしょう」→遺伝のせいではないとおもいます。明確な知識も不足しているにもかかわらず、どこかで聞き覚えたようなことを発言する立場ではないはずです。

●「(パレードを見て)見てて本当に気の毒だと思った」→パレードは晴れ舞台だと思います。勇気を持って人前に出ている参加者に失礼だし、憐れむところではないはず。

●「(男のペア・女のペアは)どこかやっぱり足りない感じ」→男女ペアが100%だとしたら、同性ペアは何%になるんでしょうか。当のわれわれだって、言われなくても不安で仕方ないというのに、そんな気持ちに拍車をかけている発言だと思います。つぶされる思いがしました。同性カップルに対して失礼です。



■3月12日(土)にデモ『差別発言に「NO」と言える日本を! ~石原都知事の同性愛者差別発言に抗議する』を行います。日本語版インフォメーションサイト

英語版インフォメーションサイト(ENGLISH PAGE FOR THIS PROBLEM)
当ブログ内・デモ関連の最新情報はこちらから。

■2/27(日)開催トーク『語れなかったあの頃と、語りきれないこれからへ』映像公開中
■3/5(土)開催トーク『石原発言とメディア~日本のマスメディアはなぜ、あの発言を許すのか?』映像公開中


■357人が参加!「石原都知事の同性愛者差別発言、なにが問題か?」(1/14開催)
★YouTubeで映像公開中→こちらのカテゴリーをご覧ください。
★アンケート結果公開中→①発言の問題性について ②対抗アクションについて第一部の感想 ④デモについて
■カンパ受付中です。ご支援よろしくおねがいいたします。

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